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zoom RSS 百々貯木場跡(どうど貯木場跡)

<<   作成日時 : 2018/09/12 22:06   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 37 / トラックバック 0 / コメント 8



大正7年竣工の貯木場で、土木遺産になっています。


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矢作川の左岸堤防に接して構築された枡形の水中貯木場で、

舟運が盛んな大正時代に、土地の材木商今井善六が建てたものです。

上流で伐採した材木を樋門を通してここい貯めます。

製材所もあり、ここでいかだを組んでさらに下流に流すものと

製材するものとに分けられました。

しかしながら、鉄道や自動車交通の発達や、ダムの建設などで衰退し、使われなくなりました。


土砂に埋もれていたのを、昭和63年から5年かけて整備したそうです。


このようなしっかりした形で残っているのは珍しいです。



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夏なので草ボーボーです。

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この穴(樋門)の向こう側は矢作川です。

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ここを見るためにベンチがありますが、草ボーボーで見えません。

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製材所跡があります。

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空がきれい

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すぐ川に出られます。
昔の洗濯場です。

百善土場という名前がついています。
1800年頃、百々の今井善六家によって開かれた土場です。
貯木場が隣接していて、矢作川流域から切り出された材木を
名古屋大垣から、桑名まで送り届けていました。
大正まで続き、その後は、洗濯場として使われました。

発電所ができて水量が減って、洗濯場も下がっていったそうです。

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水量が多いです。

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川から見た樋門です。

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岩場に行くための大きな石に階段が彫ってありました。

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貯木場跡には、毛虫がたくさんいて、草ボーボーに入り込むのがいやなので、

きれいな道の方に向かうとすぐ、今井さん(貯木場を作った方)のおうちでしょうか?
立派な家がありました。

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このあたりは、小さな川から矢作川に水が流れ込むのでそれぞれと新しい樋門があります。

矢作川には、水制工が九基あるというので、見に行きましたが
(水制工とは水の流れを弱める小さな提のことです。)

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立ち入り禁止で見られませんでした。

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1基のみ確認できました。


古きを訪ねて新しきを知る。

          温故知新・・・・・・・




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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
昔の人は偉かった!
個人で、世のため人のために尽力を尽くした人は
本当に偉いですね。
今井さん、何だか親しみを持ってしまいました。

こういうところに関心のある南天さんも素晴らしい!
プチ・ミニ
2018/09/13 14:04
100年前はここで大勢の人が働いて、木材のぶつかり合う音や製材する音、人の声や水の音、色々な音が聞こえていたんですねぇ。
草ぼうぼうで静かであればあるほど、当時の賑わいが想像の中に浮かび上がってきます。
車輸送からまた鉄道輸送が見直されつつあるんだとか。舟運が盛り返すとは思えないから余計残して置きたい所ですね。
うずら
2018/09/14 09:53
貯木場
NHKの「ブラタモリ」で名古屋を紹介しているときに
出てきましたのを思い出します。
木曽から木を川を使って堀川の貯木場に蓄えていたとのこと。
貯木場が物作りの原点のようです。
それが今のトヨタに繋がっていったと考えると不思議な感じもします。
ゆう
2018/09/15 15:16
水中貯木場で蓄財し筏を組んで下流に流すとは、合理的ですね。
確かにダムができると流せませんが、穏やかな川であれば現代でも通用する運搬手段です。
京都では北山杉が有名ですが、山奥なので林道を通し、全てトラックで運んでいます。
矢作川では繰り返す水難事故のイメージが強いです。
このような洗濯場がある事で、気軽に川縁で遊んで流されるのでしょうか。
流すのは材木だけにして欲しいです。
アルクノ
2018/09/17 18:10
>プチ・ミニさん
ほんとですよね。
いろんなものを作ってたんですよね。
石組です。
お褒めいただいて恐縮です。
こういう昔のところを訪ねるのがだんだん好きになりました。
年を取ってからの方が知識欲は多いかも。
昔のものから、いろんなことを知るには想像力がないとできません。
必死で想像するのが楽しいです。
南天
2018/09/19 20:31
>うずらさん
うずらさんの想像力も素晴らしいです。
にぎわっていたんでしょうね。
今は静かな場所です。
時とともに変わっていきますね。
輸送も変わってきているんですね。
でも、川を使って輸送するって昔の人はよく考えましたよね。
そして、下らせる技術もすごいです。
この草ボーボーをなんとかしてほしいです。
南天
2018/09/19 20:39
>ゆうさん
やってましたね、ブラタモリ。
そうなんです。川から用水を引いたり、木を港に流したり。
よく考えましたよね。
そのための樋門とか、知恵がすごいです。
今でもその知恵の使い方を日本人が持っていてくれると信じたいです。
トヨタが発展したのも西三河の人たちの黙々と働く性格もあったのでは?と思ったりもしています。
南天
2018/09/19 20:44
>アルクノさん
ダムができて、材木が流せなくなりましたが、しばらくは、ダムの横にいかだを流すところが作られていたようです。
車の発展で衰退した川流しですが、川を材木が下っていた風景を見たいとも思います。
京都は、トラックなんですね。
高校のころは、名古屋の南の熱田ではまだ、貯木場があり、橋を渡るときに材木を引いた船がいましたが、今はどうなんでしょう?
伊勢湾台風では、その材木が流れて大被害になったそうです。
矢作川は、遊べるところも多いので、水難事故は起こりやすいですね。
南天
2018/09/19 20:50

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